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  • 2020.04.28
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岡耕平先生のこどもの見立て学 その3

「理由と方法」

今回の「こどもの見立て学その3」のタイトルは「理由と方法」です。

なぜ?と疑問をもち、理由や仕組みを知ろうとすることは重要です。子どもと関わっていると、なぜこの子はうまくできないんだろう?なぜ失敗ばかりするんだろう?なぜこんなことをしてしまうのだろう?などと考えることは多いと思います。

そんな場面に出くわしたとき、私は「理由と方法」について考えます。理由と方法というのは、why と how ということです(ちょっと無理やりですが)。

まずは理由(why)について考えてみます。一般的に、多くの人は自分が理解できない現象に出会ったとき「なぜ?」と問いたくなるものだと思います。私もそうです。自分なりに調べるなり、推測するなりしてその理由のアタリをつけるわけです。そして、その理由に応じた行動をとることになります。この赤ちゃんはなぜ泣いているの?→お腹が空いているからでは?→ミルクをあげよう、といったように。このように「なぜ」の部分が明らかになれば、自ずと「どうすれば」いいのか、方法(how)がわかるわけです。

問題は「なぜ」なのかがわからない場合です。先程の例で言うと、ミルクをあげても赤ちゃんが泣き止まない場合です。お腹が空いているために泣いていたのだとしたら、ミルクを飲んでお腹が一杯になれば、泣き止むはずです。ところがそうはならなかった。この理由として、赤ちゃんはお腹が空いているから泣くのでは?という仮説が間違えていたということが考えられます。では、本当の赤ちゃんが泣く理由は何なのでしょうか。それを知るためには、別の仮説を立ててそれを検証する必要があります。オムツが濡れて気持ち悪いからでは?という仮説を採用するならば、オムツを交換してあげることになるでしょう。それで泣き止めば、ああオムツが濡れて気持ち悪かったから泣いてたのね、と一応は納得するわけです。

このように、方法(how)をいくつか試し、うまく行ったときに初めて理由(why)がわかる場合があります。いや、正確にいうとこれで因果関係(オムツが濡れて気持ち悪いから泣いていた)が証明されたわけではないのですが、一般的なレベルではこれで「理由がわかった」となるという意味です。赤ちゃんが泣いていた本当の理由はわかりません。オムツを替えた時点で偶然泣き止んだのかもしれません。

子どもの行動をみるときには、このように「理由」から「方法」を探る場合と、「方法」から「理由」を探る場合とがあります。どちらか一方に拘らないようにすることが大切です。理由を突き詰めて考えてもわからないこともありますし、方法にこだわりすぎてもうまくいかないことがあります。ときには理由(なぜなのか)も方法(どうすればいいのか)もわからないことすらあります。ともかく、重要なのは目的を見失わないことです。今回の例でいえば、泣いている赤ちゃんを、赤ちゃんに負担を強いない方法で泣き止むようにすることが目的です。とはいえ、泣き止めば理由も方法もなんでもいいよ、としてしまうのも問題です。いや、生活の中では結構な頻度で「〜しさえすればもうなんでもいいよ」となってしまいますが。これについてはもう少し書くべきことがあるのですが、長くなりそうなのでまた別の回に書きたいと思います。

滋慶医療科学大学院大学 医療管理学研究科 准教授
岡 耕平

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