2025.10.01
HPのリニューアルに合わせ、Science誌に掲載された注目度の高い記事を、新コンテンツ「Science PickUp」として、随時、皆様にご案内していきます。
私の目を引いたのが、6月の Science Editorial に掲載された『Ten times faster is not 10 times better(科学研究のスピードを 10倍速くしても10倍良くなるわけではない)』という記事です。
―アロンドラ・ネルソンによるEditorialから学ぶ人×テクノロジー推進のヒント―
Science 26 Jun 2025, Vol 388, Issue 6754 DOI: 10.1126/science.adz9545
この記事は、米国では現在、科学研究のスピードを2030年までに「10倍」に加速することを目指す超党派の政策提案「ASAP(American Science Acceleration Project)」が進められている、と紹介しています。
ASAPとは、民主党のマーティン・ハインリッヒ上院議員と共和党のマイケル・ラウンズ上院議員によって2025年6月に提案されたもので、データ(data)、計算資源(computing)、人工知能(AI)、協働(collaboration)、プロセス改善(process improvement)の5つの柱を通じて、研究の効率と成果を飛躍的に高めることを目指した政策だそうです。
しかし、筆者であるプリンストン高等研究所(米国ニュージャージー州プリンストン)のアロンドラ・ネルソン氏は、この動きに警鐘を鳴らしています。彼女は、単なるスピード重視の姿勢が、科学の公共性や公平性を損なうリスクを伴うことを指摘しているのです。
例えばASAPでは、AIがすぐに学習に使える状態に前処理された「AI対応データ」へのアクセスを民主化することが掲げられているが、こうしたデータは高度な前処理を必要とするため、資源の乏しい研究機関や若手研究者が取り残される可能性があり、AIが過去の文献に基づいて学習する以上、革新的な発見を見逃す恐れもあると指摘しています。
さらにネルソン氏は、科学の成果が誰の手に渡るのかという点にも注目し、インターネットの前身であるARPANETやGPS、ヒトゲノム計画、タンパク質構造予測AI「AlphaFold」など、広く社会に恩恵をもたらした技術の多くは、公共投資によって生まれ、オープンに共有されたからこそ成功したと述べています。科学が「交渉材料」ではなく「公共財」として扱われることが、持続可能なイノベーションには不可欠だと言います。
他にもいくつかの課題を踏まえてネルソン氏は「ASAPのような取り組みから生まれるべきなのは、参加の障壁を取り除く包摂的な研究エコシステムの構築である。スピードだけでなく、誰もが恩恵を受けられる科学のあり方を考えるべき時が来ている」と述べています。
ネルソン氏の論評は、AIやデータ駆動型の研究が急速に進展する現代において、科学研究のスピードを追い求めるあまりに見過ごされがちな倫理、平等、公共性といった多角的な視点に真に向き合う重要性を示唆しています。
私たちも、人とテクノロジーの関係をいかにうまく構築していくか、これからの仕事や生活の大きなテーマになっています。テクノロジーの進化の中で、この記事が未来社会へのヒントになるのでは、と思って皆様に紹介させていただきました。
これからも興味深い記事を選んでご紹介していきます。
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ライター:Science Japan Office 松田裕子
※本記事で引用されている翻訳はScience Editorialの機械翻訳をもとに作成しています。正確な内容は原文をご確認ください。
※記事の内容は筆者の解釈に基づいており、AAAS/ScienceまたはEditorial筆者の公式見解を示すものではありません。