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ASCA

 第16回:日本語の時制

今回は、エレガンスのお話です。
英文法では、時計上の現時点が時の起点になっています("一般論として"、以下、同じ)。2011年3月9日を起点として過去、現在、末来があり、ある事象については、それが起こった時を現在からながめて、過去完了、過去進行、現在完了、現在進行、未来完了、未来進行といった細かな区分がなされます。英語の訳を英文法のみで行うと、過去形は「た」のみとなります。

日本語には時の起点を規定する明確な文法が存在しません。長い歴史の間に文法そのものの変遷が大きく、時制の表現法自体も変化したからです。結局、時制の実際の使用例を分析し、ああだこうだという分類はあるものの、国語学者と文法学者では区分法が違いますし、小・中校生に「この規則に従い時制を表現しなさい」と指示できるものはありません。英語では、「過去形はwasである」と歯切れよく言えるのですが、経験から学ぶしかない日本語の1側面と言えます。
Wikipediaには、「基本的に日本語の時制は、過去と非過去のいずれかを問題とするものであり、現在形は"ル"で、過去形は"タ"で表す」とあります。しかも、「"タ"は過去ではなく完了を表し、日本語に時制はないとする意見もあり」とありますから、さらに話はややこしくなり、結局、わけが分からないのです。

英語は、動詞という文要素のみで時制を示すことができるのですが、日本語は、動詞だけでは不十分なため、動詞以外の語彙から時を示すことになっています。例として、過去形の文は、「発見されたのは、平成21年のことであった」とも、「発見されたのは、平成21年のことである」とも表現できるわけです。完了や未来といった時の相は、"時折"、"頻繁に"、"次第に"、"術後の経過とともに"、"…以降は"、"後観察期には"といった「時」を示す語彙の助けを借りるわけです。
日本語の時制には、
(1)英語の時制と日本語の時制は同じでない、
(2)過去は"タ"が基本ではあるが、
(3)時制を表す厳密な表現上の規則はない、
(4)時の相は、「時」を示す語彙の助けを借りて示す、
(5)時制の一致は必ずしも求められない、
(6)文末が同じ表現(…た。の連続)だと文章が単調となる、
といった特徴があります。

さて、メディカルで時制の話をするのは、訳文を少しオシャレにするためです。
日本語では、助詞を含め、一文中に同じ表現を繰り返すのを嫌います。"他条件はそのまま対照群ランダム割り付けた"(→モサモサ感がある)、または、"高血圧患者群1000例のうち降圧目標を達成した高血圧患者は…(→"圧"が多くてあか抜けない)"といった文章はリライトしたほうがよいでしょう。同じように、末尾の表現(動詞の表現)が全て同じ「…た」だとあか抜けません。その対処法として、今回は2タイプの文をみてみましょう。

日本語は、時を超越することができます。最初に「今は戦国の世である」と言っておくと、その後の文は戦国時代に飛び、現在形が混じってもよいのです。適度な過去形と現在形のミックスで口調のリズムをとるわけです。例として、品良く、司馬遼太郎の空海の風景の一節を…

空海は、この漢訳をよむことによって大日経の理論は理解できた
ただし、空海にも解せない部分ある。大日経には、仏と交感してそこから利益(りやく)をひきだすという方法が書かれている。その部分は、秘密(宇宙の内面の呼吸のようなもの)であるがために、宇宙の言語である真言を必要とし、また交感のためには真言だけでなく印を結ぶなどの所作を必要とした。(中略)こればかりは手をとって伝授されることが必要であった

まず、英語が複文の場合です。時制の一致があり、英文法に従うと「…た…た」となります。その日本語訳は次のように書くことができます。

例文1:試験終了時の血圧は、2剤併用群のほうが単剤投与群よりも有意にかったにもかかわらず,主要エンドポイントと副次エンドポイントは同等であり,有用性について明らかにすることはできなかった。→「有意ににもかかわらず,…できなかった」とも書ける。[筆者註:内容に信憑性はありません。以下、同]
例文2:BETR試験では、目標値への降圧に3ヶ月以上をかけることがプロトコルで規定されていたことから,本治験では観察期間を投与開始4ヶ月目から投与終了時までとした。→「規定されていることから,投与終了時までとした」とも書ける。

いずれも直訳では「…タ…タ」のカタチですが、先の「…タ」と後の「…タ」が同時期に起こったの事柄であれば、先の「…タ」は「…ル」の方が読みやすく感じます( 「…ル…タ」)。恐らく、「…タ」にはそこで"一旦話を打ち切る"といったニュアンスがあるからでしょう。「…ル…タ」であれば、話が継続している感じがします。
しかし、別の時期であれば、両方とも「…タ」の方が読みやすくなります。次にその例。

例文3:これまでの経験では、試験終了時の血圧は、2剤併用群のほうが単剤投与群よりも有意にかったにもかかわらず,今回、主要エンドポイントと副次エンドポイントは両群間で同等であり,その有用性について明らかにすることはできなかった
例文4:しかし、高齢高血圧患者の血圧を140mmHg未満に維持することの意義について検討した試験が行われていないことから、今回、BETR試験を実施した

また、「…タ、…タ」の繰り返しを避けるため「…タ、…ル」のカタチもあります。

例文5:解析対象の内訳として、降圧目標を達成したのは1000例(80%)である(vs.であった)。

連文の場合も同じ考えが当てはまります(例として、「空海は…」の文のように、先に過去形の文があり、後に現在形と過去形の文が適宜ミックスされます。一旦、時を規定すれば、それに続く文の過去・現在の表現型にあまりこだわりがなくてもよいということです)。

例文6:本治験では、投与開始4ヶ月目から投与終了までを観察期間とし、収縮期血圧の平均値が目標範囲内にあったサブグループを対象に解析した。目標を達成した症例数は、2剤併用が1000例、単剤投与群で900例である。試験終了時の平均血圧は、それぞれ xxx mmHgと xxx mmHgであり、群間差は xxx mmHgである(p<0.001)。主要エンドポイントの発生率は,それぞれ10人/1000人・年と12人/1000人・年であり、ほぼ同等であった(P = 0.551)。また,有害事象の発生率にも差はみられていない

まとめです。日本語のルールは緩く、英語のルールは厳格です。英語の直訳は、時に硬い日本語をつくりますから、適宜、現在形を混ぜ、変化をもたせると読みやすくすることができます。最初に過去だ、未来だということを示せば、そのストーリーが続いている間、時制は(厳密な意味のtenseではない)自由でよいということです。
ルールが緩いだけにセンスが必要です。日本語文法の本やたくさんの文章から感覚をつかんでみてください。エレガントな訳文を書くことができるようになります。