株式会社アスカコーポレーション - 医薬翻訳・英文校正・メディカルライティング ・通訳

ASCA

 第15回:読みやすさへの工夫 9(ちょっとした勇気)

関西では、美容整形外科の「ちょっとした勇気を持ってください」という優しい口調のTV CMがあります。個人的に違和感を覚えるCMですが、今回は、辞書訳を内容訳に変える勇気の大切さについてのお話です。

日本語は英語とまるっきり違う体系の言語であることは再三書いてきました。まずは、直訳と称する辞書訳をした後、訳文を解釈して、単語置換だけの日本語からホントの日本語にしなくてはなりません。足したり、引いたり、別の表現に書き変えたりといったリライトを行うことが必要です。

中でも、訳者が嫌うのが主語の位置の変更です。翻訳者は、"忠実に" と "読みやすさを第一に" の間(はざま)でいつも揺れ動いています。そして、やっぱり "忠実に訳そう" となるのです。
しかし、読みにくいものは読みにくいものです。英語では、主語と動詞がくっついていますから、動詞の主体が明確です。日本語では、主語が先頭にあり、動詞は末尾ですから、英語での述部が長い場合、直訳すると、読み手は主語の後、動詞にたどり着くまで全体の意味を解釈できません。

例文1:In such case, the sponsor may apply for orphan designation of the same medicinal product for the same use in both jurisdictions by using this common application form for its submissions to the European Medicines Agency (EMEA) and the FDA.

直訳してみると、「そのようなケースでは、スポンサー、EMEA と FDA の法規上の分類が同じであれば、ひとつの医薬品のひとつの適応症に対し、EMEA と FDA に共通な申請様式を用い、オーファン指定を申請することができる。」
この英文では、the sponsor may apply と"動作"の"主体"が直前にあります。分かりやすいですね。他方、日本語では、「スポンサーは.、…、…、…、…、申請することができる。」となり、「スポンサー」と「申請できる」の間にある英文述部の意味は、末尾の「申請できる」という動詞を読むまで理解できないわけです。

短い英文であれば直訳もOK。しかし、which、that、for、with、in といった節や句の数が多いと「に」「で」「の」「へ」といった機能の弱い(修飾・被修飾関係があいまいな)助詞が増え、読み手につらい文となります。
そこで、読みやすさの工夫のひとつとして、長い英語文場合、主語の位置を動かすという選択肢もあることに留意するようお勧めします。

日本語論文を書く技術のひとつに "簡潔な文を書く" というものがあります。長い英文による長い日本文は、複数の短い文とするのです。上の例をリライトすると…、

訳例1:そのようなケースでは、法規上、ひとつの医薬品/ひとつの適応症と分類されるのであれば、スポンサー、EMEAとFDAに共通な申請様式を用い、オーファン指定を申請することができる

最初の訳は、「…、…であれば、…に対し、…を用い、…ができる。」という構成になっています。しかし、リライト文では、「…であれば、」が条件節となってるため、主文が「…、…を用い、…ができる。」と簡単な構文となり、読み手にやさしくなるというわけです。
上記は、てにおはが多くなる場合の対処法ですが、英語構文そのものに対する訳し方として、表出順に訳さないほうがよいものもあります。

例文2:As described earlier, the safety of the three dimensional tissue equivalent of the present invention upon application on full-thickness wounds in mice has been confirmed, with no signs of reactivity (oedema, erythema, fluid collection) upon intracutaneous application in the full-thickness wounds created on the animals.

これを直訳すると、「the three dimensional 組織の安全性が確認され、reactivity の徴候はみられなかった。」とでもなります。これは、「reactivity の徴候がみられなかったことから、the three dimensional 組織の安全性が確認された。」とも訳せます。
英語と日本語では表出順が逆ですから、上の英文では、まず「安全性は、」と書いておいて、「…signs により示されるように」(理由が後にくる)となっています。日本語は、逆に、「…signs により示されるように」(理由が前にくる)「安全性は、」と書くのが普通です。これは言語生理の違いです。

この例文では with を because/since の代用としています。英語の便利な表現法です。一旦、知ってしまうと楽に訳せるようになります。
別の英語の表記順に主語を訳さなくてもよい短文を例示します。

例文3:Only data reported in the trials were included in our primary analysis.

これは、「治験からのデータのみを主要解析に用いた。」と訳せますが、「主要解析に用いたのは、治験からのデータに限定した。」とも書けます。どちらを前にもってくるかは、主体をいずれに置くかにより決まります。

いずれにせよ、中学・高校英語のように主語から訳出することでよいのかどうか、考える習慣をつけてみて下さい。英語が一層奥深く、楽しいものと感じられます。