株式会社アスカコーポレーション - 医薬翻訳・英文校正・メディカルライティング ・通訳

ASCA

 第13回:オリジナリティとニュアンス

これは英訳でも和訳でも同じことですが、日本語と英語との言語体系の違いから、原文を全く同じ意味内容の表現に訳すことはまず不可能です。

よく訳が正確でないといった評価を下したり、下されたりしますが、"正確さ" が何を意味するのかは人によりまちまちです。
そこで提案したいのが、originality という捉え方です。

"正確に訳す" という捉え方は人により解釈が違ってきますから、"originality を損なわない" という捉え方の方が、訳の適否を議論する上では便利だと考えています。

著者は、自身の考え方を意図する通りに理解して欲しいわけです。しかし、数字入力のミス、訳抜け、背景知識の欠如からくる字面訳、語彙の取り違えといったビギナーズ・エラーだけでなく、過剰な簡略化または追加、解釈の違いなど訳者の訳に対する考え方という理由によっても、著者の originality は損なわれてしまいがちです。
ビギナーズ・エラーは防止策さえ講じればよいのですが、訳者の考え方はややこしい問題です。

日本語には表記以外のニュアンス(言外の意味ともいう)を含むという特徴があります。英語は表記したものが全てでよいのですが、日本語では "なんとなくこう解釈できる" というものが読み手ひとりひとり違うのです。ですから、訳にあたっては直訳(英"単語"に忠実であろうとすること)に拘泥せず、訳文が著者の意図とは別の意味に取られてしまわないか自己点検する能力を高くもつ努力をなさなければなりません。

原文1:The results of these well-designed studies should not be overinterpreted.
筆者の勝手訳1:"これらよく設計された試験の結果は過大に解釈されるべきではない。"

theseとありますから試験の内容は既出です。この直訳自体に問題はありません。そう訳せます。しかし、読み手からすると "よく設計された" が "されるべきではない" と合わないことに不安感をもってしまいます。で、もう一度読み返します。が、それでも分かりません。もしかして誤訳か、と思ってしまいます。
これが "The results of these (well-designed) studies should not be overinterpreted." であれば明快となるでしょう。つまり、well-designed はこの文の前に design の話が出ているため書かれているか、well-designed ではあるものの、と注意を喚起するためあえて加えたかと解釈できます。後者によれば、"これらの試験は適切にデザインされてはいるものの、その結果を過大に解釈してはならない" となります。これで original のニュアンスは出せたでしょう。

原文2:These drugs have only limited effectiveness because of the complexity of cognitive processes in the brain.
勝手訳2:"脳内の認知プロセスが複雑なため有効性は限られている。"

CNS系の薬剤はなかなか効きにくいといってるのですが、勝手訳の問題は "プロセスが複雑なため有効性が限られる" という原因と結果が成立するかということです。恐らく、多くの読み手が、"複雑だから" が理由になるのかというところに引っかかるでしょう。これは、"複雑なため" という断定が強すぎるからです。著者の意図するところ= originality が損なわれないよう日本語表現を再考します。たとえば、「脳の認知プロセスはきわめて複雑であるため、これら薬剤の有効性は限定的とならざるをえない」とでもすれば、originality は損なわれていないでしょう。日本語のニュアンスはややこしい問題なのです。

原文3:Alzheimer's disease (AD) is the most common neurodegenerative disorder characterized by ….
勝手訳3:"アルツハイマー病は、…を特徴とする、最も頻発する神経変性障害である。"

この訳も "最も頻発する" という決めつけが、読み手にそうかな…と考えさせてしまいます。
これを「アルツハイマー病は…を特徴とする最も一般的な神経変性疾患である」とすれば "そうだな" と思ってもらえるでしょう。most common を "最も頻発する疾患" と訳すことはできます。でも、"最も一般的な疾患" と訳すほうがニュアンス的に original に近いでしょう。

原文4:Muscle atrophy is a common occurrence in uremia.
勝手訳4:"筋委縮は尿毒症において頻繁に発症する。"

直訳はその通りです。しかし、読み手によっては、"筋委縮は(他の疾患ではなく)尿毒症において頻繁に発症する" ととるかもしれません。筋委縮は様々な病態で発症するものですから、このままでは誤訳となってしまいます。"尿毒症では筋委縮の発生率が高い"とでもすると誤解はないでしょう。

今回あげた well-designed、limited、common といった語彙は、意味的には簡単なものです。しかし、訳者の解釈がニュアンスとなって現れるという意味で難しいものです。特に、形容詞や副詞は場に応じた(内容に添った)表現でなくてはなりません。そこに訳者の技量が現れてしまいます。簡単に訳をしてはいけません。

対策としては、時間はかかるものの、基本的なことしかありません。たくさんの本を読み、日本語の語彙を増やすと共に言語感覚を磨くことです。結論として、訳文を時間を置いて back translation し、訳後の検証を怠らないことです。