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 第12回:読みやすさへの工夫 7(主語 は・が)

今回は主語の訳し方についてみてみましょう。
主語は「は」と訳すというのが学校文法の基本です。今回はその基本ルールである中学・高校英語からの脱却です。

Wikipediaによると、「主語(subject)は「述語」の対概念であるが、その定義は言語学者間で一致していない(A)。…日本では西欧文法の知識を導入したとき、その文法を手本にして国文法の体系化を進める過程で定着した(B)」とあります。

私流に解釈すると、(A)主語というものは必ずしも絶対的なものではなく、ひとつの文においていくらでも取り換えが効くものである。
例えば、ICH guideline に "The criteria for exclusion at entry into the study should be specified." とある文は、
"The protocol should specify the criteria for exclusion at entry into the study." とも
"The investigator又はsponsor should should specify the criteria for exclusion at entry into the study." とも書ける。
「主語」のパターン訳である「は」の訳語が持つ響きほど主語は強い存在ではなく、その訳として常に「は」が適切とは限らないということです。
また、日本語は数千年を歴史を刻んできているので、主語そのものがたかだか150年の間に定着した(B)とも思えません。つまり教室以外では文法の範囲外の用法がたくさんあります。

「は」と「が」の使い分けについて言語学者の意見はまちまちで、内容に応じて訳すしかないようです。「は」にはたくさんの用法があるからです。例えば、
(1)新情報と旧情報の原理(旧情報には「は」、新情報には「が」)
(2)現象文と判断文の原理(判断文には「は」、現象文には「が」)
(3)措定と指定の原理(措定には「は」、指定には「は」か「が」)
(4)有題文と無題文の原理(有題文には「は」、無題文には「が」)
(5)文と節の原理(文の中には「は」、節の中には「が」)
(6)対比と排他の原理(対比のときは「は」、排他のときは「が」)
といった用法があります(野田 尚史、1984)。

これらのルールは我々一般人には難しいので、一応、こういう分類もあるという理解でよいでしょう。ただ、こうした分類を意識していると、少しずつ訳文にニュアンスが込められるようになってきます。

この中から今回はひとつだけ、(1)新情報「は」と旧情報「が」についてみてみます。

例文:「本試験、異なる3つの部分から成る。Part 1 およびPart 2 、それぞれが、単回および反復投与による無作為二重盲検プラセボ対照用量漸増経口投与試験である。Part 3 、反復投与後の追跡試験であり、主に有害事象の経過を重点的に追跡した非盲検反復投与試験である。」(著者による作文
もし、このように全ての文の主語を「は」と訳すと"新規情報が連続する"こととなり、本来続いて書かれるべき新規情報の説明がないことになるということです。

新旧情報について面白い説明の仕方がありました。
「忘れてはならないのは、一度「は」で主題が示されたら、基本的に次に「は」が出てくるまで主題が継続するということです。その働きのおかげで主語が省略できる。例えば、『太郎部屋に入ったとき、花子がないていることに気づいた。』」(別宮 貞徳、2009)「…ことに太郎は気づいた」の「太郎」が省略されています。
また、主題が継続している例として、「川端康成の『伊豆の踊子』の一節。『はしけがひどく揺れた。踊子はやはり唇をきっと閉じたまま一方を見つめていた。私が縄梯子に捉まろうとして振り返った時、さよならを言おうとしたが、それも止して、もう一ぺんただうなずいて見せた。』」の文で「さよならを言おうとした」のは誰かについて、「私」でよいかというと、そうではなくて、「踊子」だと説明しています。(寺村 秀夫、1982

さて、先ほどの作文です。
「本試験、異なる3つの部分から成る。Part 1 およびPart 2 、それぞれが、単回および反復投与による無作為二重盲検プラセボ対照用量漸増経口投与試験である。Part 3 、反復投与後の追跡試験であり、主に有害事象の経過を重点的に追跡した非盲検反復投与試験である。」の訳で「本試験」、「Part 1 およびPart 2 」と「Part 3 」は別個のものでしょうか。
後者のふたつの「は」は最初の「は」の継続ではないでしょうか。すると、継続していることを示すため最初の「は」そのままに続く「は」書き換えた方が理解し易いでしょう。

「本試験、3つの Part から成っており、Part 1 単回投与、Part 2 反復投与による無作為二重盲検プラセボ対照用量漸増経口投与試験である。Part 3 では、反復投与後の継続投与試験として試験薬を非盲検下に反復投与し有害事象の経過を評価することが主な目的である。」

全ての文の主語を「は」と訳すのは単文の訳し方です。しかし、パラグラフの単位で読み手の理解を高めようとするなら、どこからどこまでのひとつの内容かを示す文体が好ましいでしょう。
「は」の連続はなんとなく違和感を感じさせるものです。直訳を望むクライアントであれば致し方ありません。しかし、読み易さを求めるクライアントに対しては主語への配慮も大切ではないかと思います。