株式会社アスカコーポレーション - 医薬翻訳・英文校正・メディカルライティング ・通訳

ASCA

 第10回:読みやすさへの工夫 5(長い日本語文)

今回もいささか難しいお話です。
日本語文は、文を長くする装置がないため、多くの文はシンプルな構造をしています。

「Drug-X は、選択的阻害作用を持つ経口剤である。BBB増殖因子受容体とそのリガンドの結合により増殖シグナルを伝えているが、Drug-X はその BBB の選択的アンタゴニストであり、○○腫瘍に有効であると考えられる。このように Drug-X は、T細胞に選択的に作用するという新規作用機序を持つことから、既存薬とは異なる有効性および安全性のプロファイルをもつと期待される。」

このように日本語文は、「…は…である」「…は…であり…である」「…は…ではあるものの…である」など、単文か、途中の転調が一度ないし二度の簡単構文がほとんどです。
一方、英語はたくさんの情報を一文に入れ込むためいろんな長文装置が備わっています。

We determined the IC50 values of RTI-4793-14 and several reference compounds [PCP, (+)-MK801 and indatraline] for PCP site 1 (assayed with [3H](+)-MK801), PCP site 2 (assayed with [3H]TCP in the presence of 500 nM (+)-MK801) and a variety of BAT-related measures ([3H]CFT binding to the DA transporter, [3H]nisoxetine binding to the norepinephrine transporter, [3H]dopamine uptake, [3H]serotonin uptake).

この文には、主文と 4箇所のカッコ[ ]( )があり、5つの情報の塊から構成されていることが分かります。
英語では、接続詞や関係代名詞にとどまらず、カッコ、ダッシュ、カンマ、コロン、セミコロン、引用符といくつもの装置が備わっています。テキスト全体でこ うした装置がいくつも使われていることを考えると、英語の文章がたくさん違った情報の塊から成っていることが理解できるでしょう。

さて、問題は、長い英文を日本語に訳す場合、学校文法通りに処理してよいかということです。

A number of in vitro studies have been conducted to characterize the pharmacological activity of Drug-B.  Drug-B is a high-affinity ligand for human and mouse BL T2 and activates Gq and Gi family G proteins, as shown by its ability to displace radiolabeled BL T2 agonists, with an IC50 of … nM for human BL T2 and … nM for mouse BL T2.

一般的な訳としては、
「Drug-Bの薬理活性の特徴を検討するため多くのin vitro試験を実施した。Drug-Bは、ヒトBL T2に対する IC50 が … nM、マウス BL T2 に対する IC50 が … nMであって、放射標識 BL T2 アゴニスト置換能が示す通り、ヒトおよびマウスBL T2に対する高親和性リガンドであり、Gq 及び Giファミリー等の Gタンパク質を活性化する。」
といった感じでしょうか。

情報追加のため(=1文の意味内容を豊かにするため)" …, as shown by …,"と"with an IC50"という装置が使われています。学校文法通りに訳すと「Drug-Bは、IC50が … nMであり、BL T2アゴニスト置換能が示す通り、高親和性リガンドである」となります。

ここでの問題は、このように訳したとき、重要性の順序が乱れているということです。
英語文では(Drug-B is a high-affinity ligand)、(as shown by its ability to)、(with an IC50 of … nM)という"表出順"となっています。つまり、読み手の理解が早くなるよう、大きなテーマからより小さなテーマへと提供される情報が移行しているのです (強調のため、その真逆の例もありますが)。順序としては、(Drug-B は BL T2 に対する高親和性リガンドである) (その性質は,BL T2 アゴニスト置換能に示される) (IC50 は … nMである)といった基本情報から詳細情報へと流れるほうが望ましいのです。

リライトすると(和訳することによる制限から理論通りにはいきませんが)、
「Drug-Bは、放射標識BL T2アゴニスト置換能により示される通り、ヒトおよびマウスBL T2に対する高親和性リガンドであり、ヒトBL T2に対するIC50は … nM、マウスBL T2に対するIC50は … nMである。」
こうすれば基本情報から入り、その詳細へと話が展開することになります。

もうひとつ例を挙げると…

Laboratory evaluations were performed on archived samples from completed placebo-controlled Drug-C clinical trials for which pre- and post-treatment blood samples collected at pre-determined time points were available.

これを学校文法通りに訳すと for which 以下が先に表出されることになりますから、
「Drug-C 治療開始前と開始後の所定の時間に血液試料を採取した、完了したプラセボ対照Drug-C臨床試験からの保管試料について臨床検査評価を実施した。」
となります。

しかし、和訳での情報の表出順は、英語文のそれとは逆です。よって、リライトしてみます。
「既に完了しているDrug-Cのプラセボ対照比較試験から採取し保管しておいた血液試料を用い臨床検査値の評価を行った。試料は、Drug-C 治療開始前と開始後の所定の時間に採取されている。」
大きなテーマから小さなテーマへと移行していますから、読み手にわかりやすい文になっていると思います。

もし、途中の追加情報が短いものであれば学校文法通りで問題はありません。読み手は、その情報がどの語彙を修飾しているかがすぐに分かりますから、違和感を感じることはないでしょう。
しかし、挿入文/句が長い場合、訳出する順序が英語と逆になり、テーマの流れが混乱してくるようであれば、訳に工夫が必要となるということです。

ただし、表出順を変えた和訳文を back translation(英→日に翻訳したものを、もういちど英訳すること)するとなると大変です。この場合、英語内容のテーマが大きなものから小さなも のへと流れるよう、表出順も戻す必要があることを覚えておかなくては元の英語には戻れません。
なお、日本語は短文の連続が多いので、このような日本語を英訳する場合は、複数文を 1文として訳す技術が時に必要となりますが、それは別の機会とします。
以上、読みやすさの工夫のひとつでした。