株式会社アスカコーポレーション - 医薬翻訳・英文校正・メディカルライティング ・通訳

ASCA

 第36回 放射性医薬品の開発手順

放射性医薬品(放射性薬剤)については、本シリーズ第6回でそのあらましを述べましたが、今回は新規のPET用またはSPECT用の放射性薬剤を診断薬として開発する、すなわち、研究段階を経て実際に患者に投与して安全性と診断的有効性を実証してゆくプロセスを説明します。薬の開発という意味では一般の治療薬の開発と似ていますが、放射性診断薬特有の性質があるため、異なる部分もあります。

no.36.JPG

新規放射性診断薬の開発手順

(1)スクリーニングと非臨床試験

新しい放射性薬剤の研究開発は、まず化学構造を考えながら化学的にさまざまな候補化合物を合成します。その際には、化合物の構造に加えて、放射性同位元素で標識する方法や標識位置も非常に重要です(注1)。その中から化学実験や試験管内での実験、さらには動物実験によって、有望な候補化合物を選びます(注2)。

一般の治療薬では薬効と薬理作用がきわめて重要であるとともに、それと表裏一体の関係にある毒性や副作用も重要ですが、放射性診断薬は物質としての量が微量で薬理作用が無いとされるため毒性は通常あまり問題とはならず、いわゆる薬物動態、すなわち血中濃度と体内分布が重要です。そこで、標識安定性や、動物に投与後の血中濃度と代謝物を調べるとともに、見たいものに集積しているか、すなわち受容体や酵素活性を画像化するための候補化合物なら、受容体に特異的に結合しているか、あるいは酵素の基質になっているかどうかを、阻害剤などを用いて調べます。動物実験の過程で多くの候補化合物が役立たないとされて脱落します。

動物にて安全でしかも有望であることが確認されると、いよいよ人間における安全性と有効性を実証する臨床試験へと進みます。そこで臨床へ行く前の段階という意味で、動物実験を非臨床試験あるいは前臨床試験(preclinical study)と呼びます。非臨床試験のデータは、臨床試験に進むことを正当化する証拠として、また臨床試験の結果を解釈するためにも重要で、規制当局にも提出されるので、GLPと呼ばれる厳重な品質保証のもとで実験が行われます。

新しい化合物を初めて人間に投与する(first in human)ためには、当然その安全性が十分確認されている必要がありますが、放射性薬剤は物質としての量がごく微量なので、「マイクロドーズ臨床試験」と呼ばれる仕組みを利用すれば、一般の治療薬の候補化合物を薬用量初めて人間に投与する場合に比べて、非臨床安全性試験を簡略化することができます(注3)。

(2)臨床試験

臨床試験(clinical trial)(注4)は通常以下のように段階を踏んで行われ、便宜的に第I相、第II相、第III相と呼ばれますが、それぞれの相が厳密に定義されているわけではありません。また探索的臨床試験、検証的臨床試験という分け方もあります。臨床試験の途中で、役立たないとされて脱落する化合物もあります。

臨床試験の最初の段階においては、まず健常者を対象に、安全性の評価、血中および臓器の薬物動態、および被ばく線量の評価を行います。安全性は、投与前後において、心電図や血液検査などを行って確認します。血中薬物動態は、投与後に経時的に採血して放射能濃度を測定し、さらに代謝分析をして血中の放射性代謝物を調べます(注5)。被ばく線量は、投与後全身の撮影を繰り返し、各臓器の時間放射能曲線を得て、そこからMIRD法で被ばく線量を推定します(注6)。これらはもちろん動物実験で確認されていることですが、種差があるため、人間では血中から瞬時に消失してしまったり、想定していた臓器に全く集まらないなど、有効性が否定されることもしばしばです。

臨床試験の次の段階は、臨床的有効性の実証です。ある疾患を診断することを目的とする診断薬候補化合物なら、その疾患の患者と健常者、あるいは鑑別を要する別の疾患の患者を対象に、候補化合物を投与して撮像し、画像を評価して疾患かどうかを判定して感度と特異度を求めます(注7)。もし、その診断薬候補化合物が、疾患の診断ではなく、受容体の結合能や酵素活性など、病態や機能を評価することを目的とする場合には、その病態や機能の真実(ゴールドスタンダード)を何らかの方法で得て、比較します(注8)。このとき画像や画質は、撮像の仕方すなわち放射能投与量と撮像時間、さらには待機時間(投与後何分後に撮像するか)に依存するので、最適な撮像条件を決める作業を平行して行います(注9)。ROIを用いて画像を定量解析したり、ダイナミックスキャンを動態解析したりする必要がある場合には、その方法の検討も平行して行います(注10)。

最後の段階で、医療の場における臨床的有効性を検証するための臨床試験をします。そのためには、医療の中でその診断薬が用いられる場面を想定し、有効性に関する仮説を立てます。たとえば、その放射性診断薬によるSPECTやPET検査の結果によって、疾患の進行度を診断して診療方針を決める、治療法を選択する、治療効果を推定するまたは予測する、予後を予測する、といった仮説を立て、それに応じて臨床試験の仕方をデザインします。検証的臨床試験では、最初に対象被験者を登録してSPECTやPET検査を実施し、その後「前向き」にデータをとる、すなわち手術にて確認したり、しかるべき治療を行って効果を確認したり、治療後の予後を追跡調査します。その際厳密には、PETやSPECT検査を行った(それに基づいて診療方針を立てた)結果、全体としてQOLが改善し生存期間が延長したかどうか、さらには医療経済効果すなわち医療費が節約できたかどうかも、検討の対象となります。

このようにして臨床試験で得られたデータが各国の規制当局に提出され承認が得られると、晴れて医薬品となります。また、臨床試験の結果は多くの場合学会や論文雑誌に学術発表されます。

(3)多施設試験とCROの役割

臨床試験を実施する施設の数は、第I相では1つまたはごく少数の施設ですが、臨床試験が進むにつれて施設の数が増え、共通の実施計画書に基づいて複数の医療機関で行う「多施設臨床試験」となります。これは、医療機関によって、患者のプロフィルも、医師や医療体制も、機器も異なるので、1施設だけのデータでは普遍的な有効性を実証するには不十分だからです。このため、第III相ともなると施設の数も増え、手間もコストも非常に大きくなります。さらに、人種が違うと安全性や有効性が変わる可能性があり、国によって医療体制も違うので、最近は2か国以上で同時に行うグローバル臨床試験がさかんに行われます。

多施設臨床試験では、医療機関によって特徴があり得手不得手もあるので、質のそろったデータを取るのは容易ではありません。そこで、とくに多施設試験では、CRO(contract research organization, 臨床開発受託機関)と呼ばれる会社が活躍します。CROは、製薬企業から依頼されて、実施計画書の作成、医療機関の選定、医療機関における実施状況とデータのチェック(これをモニタリングという)、データの管理・解析と報告書の作成などを行います。CROのなかでもとくに撮像の管理や画像データの管理を専門に行う会社をイメージングCRO、検体や試料の測定を専門に行う会社を測定CROといいます。

(4)臨床試験に用いる被験薬の製造

一方、臨床試験で用いる放射性診断薬の候補化合物の合成も、GMPと呼ばれる厳重な品質保証の元で行われます。一般の治療薬と異なり、PET薬剤(とくに)やSPECT薬剤は半減期が短いうえ、物質としての量が微量なので、GMPに基づいて製造するのが容易ではありません。また遠く離れた医療機関で多施設臨床試験を行う場合には、2か所以上で製造する必要が出てくることもあります。一般に、臨床試験で用いる候補化合物の製造は、最初の研究段階では人の手で合成されることもありますが、臨床試験のスタートまでには自動化され、臨床試験の進行にしたがって必要ならさらに方法が改良されて、より安定した品質のものが製造されるようになります。

注1:最初の化学合成の段階ではよく似た構造の化合物を多数合成し、片端からその性質を調べて候補化合物を探します。このため、新規化合物はアルファベットの後に数字が並ぶコードネームで呼ばれるのが普通です。コードネームは臨床試験に進んでからも用いられますが、そのうち一般名が名付けられ、さらに発売される際には商品名が付けられます。

注2:化学的実験では、化合物の安定性、pH(酸性アルカリ性)、脂溶性などを調べます。試験管内での生物学的実験は、インビトロ(in vitro)とよばれ、培養細胞あるいは臓器や組織をすりつぶした液(ホモジネート)を用いて、細胞への取り込みや受容体等のタンパク質への結合を調べます。実験動物に投与する実験はインビボ(in vivo)と呼ばれ、動物の体内でどのように分布し代謝され排泄されるかなどを調べます。動物実験でとくに有用な手法はオートラジオグラフィー(ARG)です。これは動物に放射性薬剤を投与した後、殺して切片を作成し、それをフィルムやイメージングプレートに貼り付けて感光させて切片における放射性同位元素の分布を写し取る手法で、vivoでの分布を体外で測定するのでex vivo ARGと呼ばれます。言うまでもなく、動物を殺さずに生体内の断面の放射能分布を得るのがSPECTやPETであり、PETのことをとくにin vivo ARGと呼ぶ人もいます。

注3:マイクロドーズとは、ヒ卜において薬理作用が出ると推定される投与量の1/100以内かつ100マイクログラム以下の量とされます。この量を健常被験者に1回だけ投与するスクリーニング的臨床試験を行う場合には、いわゆるマイクロドーズ臨床試験のルールを利用することができ、予め拡張型単回投与毒性試験(簡単にいうと、動物に1回投与したのち2週間観察して毒性をみる)を行えば、ヒトでの試験に進むことができます。もともとマイクロドーズの概念は、一般治療薬の開発にあたり、第I相の前にごく微量を人間に投与して薬物動態(吸収、血中濃度、代謝、排泄)だけをみる、いわゆる第0相試験として提案されました。放射性薬剤の場合は、常用量がマイクロドーズのことが多いので、スクリーニング的にヒトで有効性をみる試験を行うことができ、非常に都合よいわけです。

注4:臨床試験は、実施計画書(プロトコール)に基づいて、GCPと呼ばれる厳重な管理の元で、医療機関が設置した委員会で倫理審査を受け、被験者に十分説明して同意(インフォームド・コンセント)を得たうえで、被験者に候補化合物が投与されデータが収集されます。わが国では、薬事法に基づいて厚生労働省に承認申請するためのデータを取る臨床試験を「治験」と呼びます。治験の対象となる候補化合物が「治験薬」です。

注5:血中の放射性薬剤は、それが臓器に入るための入力関数となるため、とくに重要です。また、血中の放射性代謝物が多い場合は、バックグラウンドがあがるほか、放射性代謝物が臓器に多く取り込まれると画像の評価が困難になります。代謝分析と入力関数については、本シリーズ第6回や、第19回およびその注3を参照。

注6:全身の経時撮影は本シリーズ第18回の図3参照。MIRD法は第8回参照。

注7:感度と特異度は本シリーズ第23回参照。当然ながら画像の判定は、疾患の有無などの臨床情報を知らない(ブラインドにした)読影委員によって、別途定めた読影基準に基づいて行われます。

注8:アルツハイマー病の脳に沈着するベータアミロイドを画像化することを目的とするPET診断薬候補化合物に対して、米国の規制当局であるFDAは、被験者の死亡後に剖検して脳のアミロイドの有無を確認するという臨床試験のデータを求めました。

注9:投与後撮像までの時間は、分布に影響するので、非常に重要です。また、投与放射能量が少なすぎたり撮像時間が短すぎると、十分なカウントが得られず画質が低下しますが、投与放射能量を増やすと被ばくが増え、また撮像時間を長くすると被験者の負担が増えるほか、撮像中に分布が変わるおそれもあります。

注10: ROIや動態解析は本シリーズ第16回 to 第20回を参照