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ASCA

 第25回 脳におけるさまざまな分子のイメージング

 

脳の核医学イメージングでは、さまざまな放射性薬剤を用いることによって、受容体(レセプタ)など脳における特定の分子(ターゲット)の働きを画像化することができます。本シリーズで前回述べた「血流」や「代謝」のイメージングでは脳の全般的働きがわかりますが、今回述べる受容体など特定の分子を画像化すれば、ずばり病気の本態や治療効果に迫れることもあります。下の表に脳における特定の分子(ターゲット)をイメージングする放射性薬剤の例をいくつかあげます。これ以外にも百を超える多数の放射性薬剤が開発され、脳のさまざまなターゲット分子のイメージングに研究利用されています。

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 (1)ドパミン系神経伝達機構のイメージング
脳は多数の脳細胞がそれぞれ枝を伸ばし、シナプスと呼ばれる接続部で相手の脳細胞に情報伝達をしていますが、そのシナプスでは、情報を送る側(シナプス前、節前)の細胞から神経伝達物質という特殊な物質が放出され、情報を受け取る側の細胞(シナプス後、節後)の細胞の表面にある受容体(レセプタ)に結合することによって、情報伝達が起こります。神経伝達物質は数多くの種類があり、受容体もそれに応じて異なります。脳の病気には、特定の神経伝達物質や受容体の異常に関係するものがあるので、それらを画像化すれば正確な診断と重症度の評価ができ、治療効果の評価も可能となります。
ドパミンは神経伝達物質のひとつでパーキンソン病と密接な関係があります。核医学ではこのドパミン系神経伝達機構のイメージングが最も研究開発が進んでいます。
18F-FDOPAはDOPA(ドーパ)というドパミンの原料をフッ素-18(18F)で標識した放射性薬剤で、DOPAと同じようにドパミン系節前細胞に取り込まれて18F-フルオロドパミンに変わり、節前終末に蓄えられるので、放射能集積からドパミン系節前細胞の機能がわかります。また、節前細胞の表面にはドパミントランスポータといって、放出したドパミンを再び取り込む機構がありますが、123I-FP-CITや11C-CFTはドパミントランスポータに結合するので、同様にドパミン系節前細胞の機能がわかります。これに対して、123I-IBZMや11C-RACは、ドパミン受容体(詳しくはD2タイプの受容体)に結合するので、ドパミン系神経伝達機構における節後の機能がわかります。
ドパミン系の神経伝達は脳の深部にある線条体(せんじょうたい)と呼ばれるところで行われます。パーキンソン病では、線条体でのドパミン系節前細胞の機能が低下するので、18F-FDOPAで画像化すると、線条体の放射能の取り込みが低下します。一方節後の受容体は最初のうちは傷害されないか、またはむしろ代償的に亢進するので、11C-RACで画像化すると線条体の放射能集積は正常か亢進します。これに対して、パーキンソン病とよく似た症状を呈する多系統萎縮症などパーキンソン症候群と呼ばれる疾患群では、節後の細胞が傷害されるので、11C-RACでドパミン受容体を画像化すると線条体の放射能集積が低下します。このように、ドパミン系神経伝達機構の異常でパーキンソン病様の症状(パーキンソニズム)をきたすいくつかの似た疾患を、PETやSPECTを用いて鑑別することができます。シナプスでの節前と節後のすきま(シナプス間隙)はきわめて狭く電子顕微鏡でなければ見えませんが、このように核医学イメージングを用いれば節前と節後のどちらが傷害されているかを見分けることができます。
ドパミン系以外にも、セロトニン、アセチルコリンなど、さまざまな神経伝達物質があり、それぞれの神経伝達機構を画像化する放射性薬剤の開発が進められています。
また、一般に脳の薬は受容体やトランスポータに効くものが多くあるので、脳疾患の患者においてこれらの薬が効くか、効いているかを見るために、核医学イメージングが用いられることもあります。
受容体やトランスポータなど特定の分子を画像化する放射性薬剤は、そのターゲット分子に結合する(特異的結合といいます)以外に、弱い結合ながらターゲット分子以外のさまざまな分子にも結合します(非特異的結合といいます)。上に述べたドパミン系神経伝達機構のイメージングにおいても、線条体の放射能集積には特異的集積以外に非特異的集積が含まれ、定量化するためには補正が必要です。そのためによく用いられるのが、ターゲット分子が存在しない参照領域(reference region)です。ドパミン系神経伝達機構は小脳には存在しないので、ドパミン系のイメージングでは小脳の放射能は非特異的結合を表します。そこで、小脳を参照領域とし、線条体の放射能集積と小脳の放射能集積との差や比から、線条体の特異的結合すなわちドパミン系の節前や節後の機能を評価することができます(注1,2)。

(2)中枢性ベンゾジアゼピン受容体のイメージング
ベンゾジアゼピン受容体(正確には中枢性ベンゾジアゼピン受容体)は脳細胞の本体の表面に広く分布しているので、123I-IMZや11C-FMZで画像化すると、傷害されていない脳細胞体の分布がわかります。
脳血管障害で血流が低下したり、あるいは脳梗塞の遠隔効果(注3)によって代謝や血流が低下しても、脳細胞体が傷害されていなければベンゾジアゼピン受容体が残っているので、123I-IMZや11C-FMZで正常に描出されます。
てんかんでは、焦点と呼ばれる異常な発火の発生源でベンゾジアゼピン受容体が低下することが知られており、焦点を検出するのに有用です。焦点では、代謝や血流が、発作の無い時期に低下し、発作中には増加するので、代謝や血流のイメージングでも焦点を描出できます。しかし、代謝や血流の異常は焦点を含む広い領域でみられるのに対し、ベンゾジアゼピン受容体は焦点の狭い領域でのみ低下するので、より正確に焦点を描出できるとされています。

(3)ベータアミロイドのイメージング
ベータアミロイドは、アルツハイマー病などにおいて脳に蓄積するたんぱく質で、脳細胞が壊れてでき、また、それ自体毒性があってアルツハイマー病における脳細胞の破壊に寄与します。そこで、上の表のように、アミロイドに結合する物質を放射性同位元素で標識した放射性薬剤がいくつも考案され、治験や研究などで用いられています。
アルツハイマー病では、発病の何年も前から脳にアミロイドが蓄積することが知られており、物忘れを訴える患者が年齢相応なのかそれともアルツハイマー病の初期なのかを鑑別するのに役立ちます。また、認知症をきたす疾患としてアルツハイマー病以外に前頭側頭葉変性症などがあり、鑑別が難しいこともありますが、後者ではアミロイドが蓄積しないので、アミロイドのイメージングを用いてアルツハイマー病と前頭側頭葉変性症を鑑別することができ、患者にとって適切な治療を選択することができます。
アルツハイマー病の治療薬としてアミロイドを溶かす薬が開発されつつありますが、その治療薬が効いているかどうかをアミロイドのイメージングで確認することもできます。


注1) 放射性薬剤の集積が特異的かどうか(放射能集積のうち何%が特異的か)を見る方法として、飽和性を調べる方法がよく用いられます。ターゲットとなる受容体などの分子はごくわずかな量しか存在しないので、放射性薬剤を物質として大量に投与すると(すなわち比放射能を下げると)、放射性同位元素の大部分はターゲット分子に結合せず、特異的集積が著名に低下します。これに対して、非特異的結合の相手となる分子は大量に存在するので、飽和がおこらず、非特異的集積は影響をうけません。(比放射能を下げるためには、実際には同じ化合物で非放射性のものを大量に混ぜて投与します。)
もう一つの方法として、競合や阻害をみる方法があります。そのターゲットに結合することが知られる薬を投与すると、ターゲットが占拠されたり放射性薬剤がターゲットに結合するのと競合するため、放射性薬剤の特異的集積が低下します。その際、非特異的集積はもちろん影響を受けません。
放射性薬剤の集積が特異的であることは、通常ヒトに投与する前の段階で、すなわち試験管の中であるいは動物実験で確認しますが、動物とヒトは種差のために挙動が異なる場合もあります。

注2) 放射性薬剤の集積が特異的かどうかに加えて、それが「選択的」がどうかも重要です。受容体Aを画像化する目的の放射性薬剤がよく似た受容体Bにも結合する場合には、放射能集積が受容体AとBの両方を反映し、選択性が低いということになります。これを明らかにするためには、受容体Aあるいは受容体Bだけを阻害(ブロック)する薬を投与したときの放射性薬剤の集積の変化から確認することができます。これも、通常はヒトに投与する前の段階で、試験管の中であるいは動物実験で確認します。

注3) 遠隔効果については、本シリーズ第24回の注8と本文を参照。