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ASCA

 第22回 脳画像の解剖学的標準化と統計画像

個々の患者や健常者の脳PETやSPECT画像をコンピュータの上で変形させて、テンプレートと呼ばれる標準となる脳画像に合わせ込むことを、脳画像の解剖学的標準化(anatomical standardization)または空間的標準化(spatial normalization)と言います。解剖学的標準化によって、異なる人の脳の対応する部位が標準脳画像上で同じ画素位置となるため、多くの人の脳画像を同じ土俵上で画素毎に比較することができます。解剖学的標準化の手法(ソフトウエア)としては、「3D-SSP」と「SPM」の2つが有名です(注1)。
 異なる人の脳に合わせるのですから、単なる回転移動と平行移動では合わず、レジストレーション処理(本シリーズ第14回の注2参照)をするだけではうまく行きません。そこで、脳を伸ばしたり縮めたり曲げたりして合わせ込みます(非線型変換と言います)。
脳は部位によってその役割が異なり、また病気の種類によって特定の部位の働きが低下するので、PETやSPECTで脳の診断や研究をする際には、脳のどの部位が異常所見を呈しているかを見きわめることが重要です。たとえば、「アルツハイマー病」という高齢者に多い認知症では、後部帯状回、楔前(せつぜん)部、頭頂葉連合野、側頭葉連合野といった部位の血流やブドウ糖代謝が低下し、進行すると前頭葉も低下します。また、別のタイプの認知症である「前頭側頭型認知症」では、文字通り前頭葉と側頭葉が低下します。
解剖学的標準化を行うと多くの人の脳画像を同じ土俵上で比較できるため、多数のアルツハイマー病患者と健常者の脳画像をそれぞれ解剖学的標準化し、同じ画素位置の値を2群で比較すると、どの部位(画素)がアルツハイマー病で統計学的に有意に(注2)低下するかを計算し画像化することができます。
また、健常者群にてあらかじめ画素毎に健常者の平均と標準偏差(いわば正常レンジ)を計算しておき、ある患者において平均?2SDを下回る画素を表示すれば、有意に低下している部位がわかります。さらに画素毎に、
Z値=(患者の値?正常平均)/正常群の標準偏差 
を計算して、その値を表示したものをその患者の統計画像またはZマップ(tマップ)と言います(図)。
Zマップもいわゆるパラメトリックイメージです(本シリーズ第21回参照)。一般に画素値として上記のZ値のようにデータから計算された統計学的に意味のある値(統計量という)を持つパラメトリックイメージを、広い意味で統計画像と言うこともあります。

22.jpg

   
図:上段は、物忘れを訴える患者のFDGによる脳PET画像で4断面示してある。
下段は、それを3D-SSPにて解剖学的標準化した画像と、正常群と比較した統計画像(Z-map)。3D-SSPは脳を8方向から見て二次元投影表示した画像で、大脳皮質の状態がよくわかる。この患者は、後部帯状回、楔前部、頭頂葉、側頭葉の糖代謝の低下が認められ、アルツハイマー病が疑われる。

解剖学的標準化は、患者の画像のどの画素が脳のどの部位に相当するかをコンピュータが決めるので、自動的にROIをとる行為と似ています。しかし、ROIと異なり、画素毎に対応を付ける点が特徴的です。ROIは医師が目で見て設定することもでき,それがもっとも正確であるとも言えますが、解剖学的標準化を用いれば客観的かつ自動的に、しかも画素毎に、どこがどの部位であるかを決めることができるので、結果を数値の表ではなく、パラメトリックイメージの形で画像化することができるわけです。
解剖学的標準化で注意すべき点は、患者によっては標準化がうまく行かず、標準脳に合わない場合があるということです。その場合は、対応しない脳の部位を画素毎に比較することになるので、統計画像に誤差やアーチファクトが現れ、正確な診断や解析ができません。統計画像を見るときはつねに標準化のエラーの可能性を念頭に置く必要があります。


注1) 3D-SSPはもともとアルツハイマー病の診断や研究を意図して開発された手法で、大脳皮質の低下域を明らかにすることを念頭においているのに対し、SPMはもともと脳賦活検査(注3)における賦活域を明らかにするために開発されたため、合わせ方に若干違いがありますが、まず、三次元的に患者の脳を標準脳に合わせます。3D-SSPではさらに、大脳皮質がよくわかるように、8方向に投影させた二次元画像を作成します。(図参照)

注2)2つの群の平均の差が、ばらつき(個人差)に比べて十分大きい場合に、2群に有意差があると言います。その際にデータに添えてよく記載される「p値」とは、本当は差が無いにもかかわらずデータがばらつくために現在観察される程度の差が偶然見られる確率のことです。「p<0.05」とはその確率が5%未満である、すなわち本当に差がある可能性が大きいことを意味します。

注3)解剖学的標準化は脳の機能分化を研究するためにも用いられます。脳は、部位によって役割が異なり、たとえば手足を動かす働きは左右反対側の運動野と呼ばれる部位で、視覚は後方の後頭葉と呼ばれる部位で、それぞれつかさどられています(機能的に分化しているという)。しかも、運動野も、顔や口は下方、手は上方、足は最上方から内側にかけてというように、身体のどの部分が脳のどこに対応するかまで決まっています(ソマトトピーという)。脳梗塞(こうそく)で脳の一部がこわれると、場所によって手が麻痺したり目が見えなくなるのは、そのためです。脳のどこがどのような働きを担っているかは、重要な研究テーマとなっています。脳は働いているところの血流や代謝が増加するという特徴があるので、健常者を対象に、安静時と課題施行時(手を動かさせたりものを見させたりする)とで脳血流を撮像し、引き算すれば、その課題によって脳のどの部位が働いたか(賦活したか)がわかります。ひとりひとりの賦活部位は個人差があり増加も小さいですが、何人もの人を対象に測定して解剖学的標準化し統計処理すれば、「有意に」賦活される部位を画像化することができます。このようにして、脳の機能分化の地図を作る(マッピングする)手法を脳賦活検査法といいます。