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ASCA

 第19回 動態解析

本シリーズ第18回で説明したように、核医学検査においてダイナミックスキャンを行い、臓器や腫瘍などに関心領域(ROI)を設定すると、その部位の時間放射能曲線(TAC)が得られます。このTACを数学的に解析してさまざまな情報を得ることを動態解析(kinetic analysis)と言います。そのために、ROI内の放射性薬剤の時間経過を数式(方程式)で表現しますが、その方程式やもとになる仮定を動態モデル(kinetic model)と言います(注1)。核医学動態解析ではコンパートメントモデルがよく用いられます(注2)。
図1は最も簡単な動態モデルで、2つの速度定数(K1k2)からなります。血液中にある放射性同位元素が臓器や腫瘍(一般に組織という)に入る速さがK1、出てゆく速さがk2です。このようなモデルを用いると、組織の放射能濃度の時間経過を、血液中の放射性薬剤の時間経過(入力関数という)と速度定数を用いて、方程式で表すことができます。図2は図1のモデルを用いて計算したもので、入力関数がAまたはBの2通りの場合について、組織のK1が0.3または0.15、k2が0.03または0.06のとき、それぞれ組織の放射能濃度の時間経過がどのようになるかを示しています。

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図1:動態モデルの例

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図2:図1の動態モデルに基づいて、入力関数がそれぞれAまたはBの場合、K1k2の値を2通りに変えたときの組織の放射能の時間経過を計算したもの。

実際の測定では、何らかの方法で入力関数を求めるとともに(注3)、ダイナミックスキャンで実測した組織のTACにもっともよくフィットするように未知数である速度定数K1k2の値を推定して求めます(注4)。モデル中の速度定数やそれらから得られる値(パラメータという)は、血流や代謝速度、酵素活性、受容体結合能など、医学的・生物学的特徴を反映するので、動態解析によって臓器や腫瘍の性質をより詳しくかつ定量的に評価することができます。
動態解析においては、忘れてはならないことがいくつかあります。
第一は、モデルが正しいことを前提にしているということです。モデルが適切でなければいくらパラメータを求めても意味がありません。一般に簡単すぎるモデルは現象を十分に表現できず(実測TACにうまくフィットせず)、複雑すぎるモデルはパラメータの推定が困難になるうえカーブフィットが雑音を追いかけるだけになります。モデルの選択は主として放射性薬剤に依存しますが、同じ放射性薬剤でも臓器や測定方法によって適切なモデルが変わることもあります。
第二は、速度定数の生物学的意味付けは必ずしも単純ではないということです。たとえば、図1ではK1が組織への血流を意味するようにも見えますが、時と場合によっては、血管透過性、ROI内の組織含量、さらにはトランスポータや受容体の量などを反映することもあります。
第三に、入力関数がかわるとTACが大きく変わるということです。図2からわかるように、K1k2が同じでも入力関数がAとBで違えば組織のカーブが大きく変わります。したがって、実測したTACだけを見てパラメータの値を推測するのは危険です。同一のダイナミックスキャンにて別の部位に取ったROIのTACは、入力関数が同じと考えてよいので、TACの違いをK1k2の違いに帰することができますが、別の患者の場合には代謝や排泄に個人差があって入力関数が大きく異なる場合もあるので、そうは行きません。


注1:放射性薬剤(正しくは放射性同位元素)の臓器や腫瘍内濃度の時間経過(集積や洗い出し)は、血流、トランスポータ、受容体、酵素、代謝活性など放射性薬剤の性質によってさまざまな因子の影響を受けるほか、放射性薬剤の血液中濃度も影響し、また測定したROI内放射能値は撮像装置の分解能や雑音などの影響も受けるので、きわめて複雑です。しかし、そこから本質的なエッセンスを取り出して、放射性同位元素の挙動を近似し、簡単な式で記述したものが動態モデル(数学モデル)です。ちなみに、「モデル」とは「模型」という意味です。

注2:コンパートメントとは「区画」という意味です。放射性薬剤は臓器や腫瘍の中では、最初は血管内にありますが、それが血管外に出て細胞に取り込まれ、放射性薬剤の性質によって蛋白質や受容体などに結合し、あるいは離れ、代謝されて別の形に変わり、最後は洗い出されと、さまざまな状態や形に変わります。ここで、「血管内」「血管外・細胞内」「受容体結合」「代謝物A」「代謝物B」などを、それぞれコンパートメントと呼びます。放射性同位元素はコンパートメントからコンパートメントへある速度定数で移動し、移動先では瞬時にコンパートメント内に均一に存在するようになる、と仮定するのがコンパートメントモデルです。図1のモデルでは、実測されるTACが「組織内」という1つのコンパートメントからなると仮定しています。専門的になりますが、コンパートメントモデルを用いると、各コンパートメントに存在する放射性同位元素の時間変化は、通常係数が未知定数の線型微分方程式で記述されます。また、組織の放射能濃度は、未知定数を含む指数関数と既知の入力関数(注3参照)との重畳積分で表される方程式となります。

注3:入力関数を直接測定するには、動脈(厳密にはその臓器に入る動脈だが、動脈血はどこも同じなので、通常は腕の動脈)の血液を経時的に採血する必要があります。しかも、血球成分を遠心分離して取り除いた血漿中の放射能値が必要なこともあり、さらに、放射性薬剤が代謝されてできた放射性代謝物が混じっているときは化学的に分離して未変化体の濃度を測定する必要がある場合もあります。しかし、動脈採血は侵襲性が高いので、静脈採血で代用する方法、大動脈や左心室にROIをとって画像の上から入力関数を測定する方法、予め得た平均的入力関数を用いて1点採血で校正する方法、あるいは、入力関数を用いずに参照領域(reference region, 受容体などの測定対象が存在しない領域)のTACを用いて方程式を解く方法などもあります。

注4:実測したTACに最もよくフィットするようにK1,k2などを推定する方法としては、最小二乗法などが用いられます。