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 第23回:頭と体の使い方(2)

前回、corpus(コーパス)が、言語学における「言語資料の集合体」を意味すると書きました。

辞書に載っている corpus の第一の意味は「(文書などの)集成、全集」で、ここから言語学の用語に転用されたと思われます。たとえば、医学の祖であるヒポクラテスの著作集は、「Corpus Hippocraticum(ヒポクラテス集成)」と名づけられています。

ところで、欧米ではこの「体 corpus」には独特な使い方があります。それはキリスト教の文脈で使われる「キリストの体 Corpus Christi」という表現で、一方で「聖体」を、また「教会」を表す言葉として使われます。新約聖書の中で、いわゆる「最後の晩餐」の場面において、キリストはパンを手にして十二使徒にこう言います:「取って食べなさい。これはわたしの体である」。これに基づいて、キリスト教会では定期的にパンを「キリストの体」として食べるのです。また、キリストの死後に使徒となったパウロはその書簡で「あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です」と書いています。ここから、「キリストの体」は信徒の集まる「教会」を意味するようになります。

医学の話に戻ると、ラテン語の corpus は corporis(コルポリス)という属格(英文法であれば所有格)にして、「体の?」というふうに使われます。例えば、白癬は英語で ring worm とも言いますが、医学用語としては tinea が多く使われます。tinea(ティネア)はラテン語で、本や衣服をかじる虫を意味するそうで、皮膚をむしばむ白癬のイメージに重ねられたのでしょう。白癬は体のさまざまな部位に生じるので、tinea に体の部位を表す言葉を付けてこれらを表すことができます。tinea corporis と言えば「体部白癬」を意味し、tinea capitis と言えば「頭部白癬」ということになります。

capitis(カピティス)というのはラテン語で「頭」を意味する caput(カプト)の属格です。日本語の「兜(かぶと)」というのは頭にかぶるもので、caput と音が似ていますが、関係ないでしょう… caput を使った医学用語に「メドゥーサの頭 caput Medusae」というのがあります。メドゥーサ Medusa というのはギリシャ神話に出て来る三人姉妹の化け物の一人で、頭の髪の毛がすべて蛇だというおぞましい姿をしています。肝硬変などが原因で門脈圧亢進が生じると、臍を中心にして腹部の静脈が怒張し、その様子がメドゥーサの頭のように見えたことによる命名です。caput という言葉は、一番上にある、一番重要なものというその意味合いから、英語の capital(首都、資本)や captain などの語源にもなっています。

ところで、今回はこれまでラテン語の話ばかりでギリシャ語が出てきませんでしたが、体や頭を意味するギリシャ語も、もちろん医学の世界で使われています。ギリシャ語で「体」のことを soma(ソーマ)と言いますが、これは somato-という接頭辞で「体の」「体細胞の」を意味するとともに、-someという接尾辞で主に微小な構成要素(chromosome〔染色体〕など)を表す言葉をつくります。また、「頭」はギリシャ語で Kephale(ケパレー)と言いますが、cephalo- という接頭辞、または -cephalus、-cephaly などの接尾辞で、頭部に関わる疾患名などに使われます。

 

参考文献:
『新英和大辞典』(研究社)
『聖書 新共同訳』(日本聖書協会)

 

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メドゥーサの首を掲げるペルセウス

メドゥーサの顔を直接見ると人は石になってしまうため、英雄ペルセウスは盾にメドゥーサの姿を映してその首をはねたと言われています。(フィレンツェ、シニョーリア広場、撮影筆者)