株式会社アスカコーポレーション - 医薬翻訳・英文校正・メディカルライティング ・通訳

ASCA

 第22回:頭と体の使い方(1)

最近、日本語で「コーパス」という言葉を耳にすることがあります。

むしろ、書店の店頭や Amazon をみていて「コーパス」という言葉の入った書名を目にすることが多いかもしれません。「コーパス」は『広辞苑 第六版』にも載っていて、言語学の用語としてこう説明してあります:「言語を分析する際の対象となる資料集。文字で記された試料や録音された言語資料の集合体」。 Wikipedia によれば、日本では 2003年に NHK の英語の講座で使われたのがきっかけで、「コーパス」という語を冠した語学教材が出始めたようです。しかし、コーパス言語学 Corpus linguistics というのは、1960年代以降アメリカを中心に、コンピュータを用いた言語学的な分析手法として盛んになってきたそうです。

ラテン語の corpus(コルプス)という言葉は、基本的には「体(body)」を意味し、上記の「コーパス」はこのラテン語に直接由来します。ところで、英語にはすでにフランス語の corps(あえてカタカナ読みすれば「コール」)を介して、corpse(死体)、corps(軍団)が、それぞれ異なる意味を持つ言葉として借入されています。これらは、前にも書いた二重語、三重語ということになります。さらに、派生語として corporate、corporation というおなじみの言葉もあります。ラテン語の動詞corporare(=form into the body)およびその名詞形 corporatio から、それぞれ英語の corporate と corporation になったというわけです。

医学では、解剖学用語にこの corpus が多く使われています。たとえば眼の硝子体は corpus vitreum(英語ではvitreus body)で、文字通りガラス(vitrum)の「体」ということです。ちなみに、これは皆さんご存知だと思いますが、「生体外」「試験管内」の意味で使われる in vitro というのは文字通りには「ガラスの中」という意味です。ラテン語の vitrum に由来するポルトガル語の vidro が、室町時代に日本に伝えられて「ビードロ」となったというのも、周知のことですね。

ところで、硝子体に限らないのですが、病名などで複合語を作る時に、英語とならんでラテン語表記も存在することがあります。たとえば、硝子体混濁というのは、英語で opacity of vitreus body といえばよいのですが、ご丁寧にラテン語で opacitas corporis vitrei という表記もあります。corporis vitrei というのは corpus vitreum の属格形で、「硝子体の」という意味で後ろからかかっているのです。ラテン語の格変化を知らないとなぜそんな語順や語形になるのかがわからないわけで、ラテン語の表現がなにやら神秘性を帯びてくるようです(笑)。後部硝子体剥離というのも、英語で言えば posterior vitreous detachment(body を入れないのが普通のようです)なのですが、ラテン語では ablatio corporis vitrei posterior と、語順と言い語形と言い、重々しくなる感じがシマスね。

脳の領域では、たとえば線条体は corpus striatum、脳梁は corpus callosum ですね。日本語で「?体」といわないものでも corpus が付くことはあるわけですが、脳梁の場合は別名で「胼胝(べんち)体」という名称もあります。ラテン語の callosus という形容詞は皮膚などが硬化した状態を表わす形容詞で、英語でも callous という形容詞があり、「たこ(胼胝)」のことを callosity とか callus といいます。逆に、日本語では「体」がついても、英語(ラテン語)には「体」にあたる言葉がない場合もあります。腎臓の糸球体は、英語では単に glomerulus あるいは glomeruli といいます。糸などで作った球のことをラテン語で glomus(グロムス)といいますが、語尾を付けて「小さい」球を意味する glomrulus(glomeruli はその複数形)を使って、毛細血管の塊である糸球体を糸でできた小球に見立てたわけです。(続く)

 

参考文献:
『新英和大辞典』(研究社)
『広辞苑』(岩波書店)