第8回:エコノミーとエコロジー(1)

今回はちょっと道草をして(といっても、今までの話とのつながりもありますが)、エコノミーとエコロジーについて書いてみたいと思います。

2011年3月11日の東日本大震災は、現時点で2万人近い死者・行方不明者を生んだ未曽有の自然災害となり、また福島の原子力発電所が津波により制御不能に陥り、史上チェルノブイリに次ぐ原発事故を引き起こしました。私は個人的に、この〈3.11〉と、おそらく現在論争中の TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が、これ以後の日本を根本的に変える(可能性のある)出来事だと思っています。

〈3.11〉後の政治、経済、社会、個人のあり方について、さまざまな人がさまざまな意見をもち、また述べています。その中の大きな論点の一つとして、「経済(学)economy」と「生態系(or 学)ecology」の関係という問題があるように思います。そうした背景の中で、伊藤邦武という哲学研究者が『経済学と哲学』という本を出され、19世紀イギリスの評論家ジョン・ラスキンの思想に拠りながら、この両者の関係について考察しています。(ちなみにラスキンという人は幅広い人で、美術評論によってイギリスではウィリアム・モリスをはじめとするラファエル前派に、フランスでは20世紀文学を代表する『失われた時を求めて』の作者マルセル・プルーストに、またその経済学(的)思想は、インド独立の立役者であり「非暴力」など独自の思想・運動を展開したマハトマ・ガンディーに決定的な影響を与えているそうです。)

伊藤氏の本の「まえがき」で触れられているように、エコノミーとエコロジーという語はいずれも、ギリシャ語で「家」を意味する oikos(オイコス)に、それぞれ「規則/規範」を意味するnomos(ノモス)と「論理/学問」を意味する logos(ロゴス)が付いてできた合成語です。economy の元になったのは、古代ギリシャの oikonomia(オイコノミア)という語です。「家oikos」の「nomos 規範」という組み合わせから想像されるように、古代ギリシャではこの語は「家内の管理」「家政学」という意味で使われていました。現在の意味での economy という使い方は、17世紀フランスの経済学者アントワーヌ・ドゥ・モンクレチアンが、国家レベルの経済活動を対象としてéconomie politique (エコノミー・ポリティック)という言葉を用い、それが英語に political economy として入ってきたのが最初のようです。やがて、economy だけで独立して、家から国家まで含めた経済活動を指すようになったのです。

それではエコロジーのほうはどうかと言えば、19世紀ドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルがギリシャ語を念頭において Öcologie(エコロギー)という造語を案出したのが最初のようです。ヘッケルはエコロジーを「有機体とその環境の間の関係を示す科学」と定義しましたが、その後さまざまな人の手を経て、「ecosystem(生態系)」という考え方や社会・政治運動などへと発展してきました。ちなみにこのヘッケルは、ダーウィンの進化論を普及させる役目を果たし、自ら「個体発生は系統発生を繰り返す」といった今では有名となった考え方などを提示した重要な人でもあります。

こうしてあらためて語源を見てみると、普段「エコ」「エコ」と言っているのは、実は本来「オイコス(家)」を意味していたのであり、エコノミーとエコロジーという、場合によっては対立しあうことの多い概念が、両立し統合することが可能な、またそうすべきもののように思えてきます。アポロが月に着陸してからしばらく束の間の「宇宙」ブームの時に、「宇宙船地球号」という耳触りの良いキャッチフレーズが流行りましたが、それこそ地球、いや宇宙全体さえも「家」として、「一家」としてとらえる発想がこれからはよりいっそう必要になるのではないでしょうか。

 


参考文献:
『新英和大辞典』(研究社)
『哲学・思想辞典』(岩波書店)
伊藤邦武『経済学の哲学』(中公新書)