第6回:錬金術と元素 (2)

引き続き、錬金術の話です。錬金術は、その三大原理として「硫黄」「水銀」「塩」を挙げていました。これは、ルネサンス期の17世紀ドイツの錬金術師にして医師であったパラケルスス(1493/94~1541)によって確立されたものです。

これらは、現代科学で考えられている物質に正確に対応というよりも、古代・中世の人々が物質を捉える見方を表わしていると考えたほうがよいでしょう。錬金術の考え方や表現自体が、イメージとメタファーの体系から成っているのですが、ここでもそのことが当てはまります。

「硫黄」と「水銀」はそれぞれ、<男性原理>と<女性原理>を表わしています。そのため、「硫黄」は能動性、熱、固体性など、「水銀」は受動性、冷、流動性などとして特徴づけられます。それでは「塩」は何かというと、これら対立する2原理を仲介・結合する不燃性の要素とされました。あらゆる金属は、「硫黄」と「水銀」が結合(それぞれ異なる割合で)したものであり、両者のある純粋な結合が達成されると「金」が生成されるというのです。

前回紹介した、錬金術の伝説的始祖であるヘルメス・トリスメギストスは、ギリシャ神話のヘルメスと合体したものですが、その後ヨーロッパでは、対応するローマ神話のメルクリウスMercuriusと同一視されます。そう言うと炯眼な読者は、水銀の英語名mercuryはメルクリウスからきていると気づかれたかと思います。常温下の水銀は、完全な固体でもなく、完全な液体でもない不思議な存在です。昔の体温計は水銀を使っていて、体温計が壊れると、コロコロした水銀の球が出て来たのを思い出します。そうした水銀の性質を見てか、俊敏で神出鬼没の神であるメルクリウスの名前が錬金術師たちによって付けられたようです。

商業の神様でもあるメルクリウスの名は、ラテン語で「商業」を意味するmerx(メルクス、変化語幹はmerc-)に由来します。英語のmerchant、merchandiseも、言うまでもなく同じ語源です。水銀の元素記号は「Hg」ですが、こちらはギリシャ語由来のラテン語で「水銀」を表わすhydrargyrum(ヒュドラルギュルム、hydro[水)]+argyrum[銀])から来ています。硫黄のほうはといえば、英語のsulfurの語源は、ラテン語で「硫黄」を意味するsulfur(スルフル、sulpur/sulphurとも)です。硫化化合物などを表すときに用いられるthio-という接頭語のほうは、ギリシャ語で硫黄を意味するtheion(テイオン)に由来します。

ところで、ネットを見ていたら、錬金術の三大原理である「硫黄」「水銀」「塩」というのは、化学結合の基本的な3つの結合に対応する、という文章を見かけました。硫黄は共有結合、水銀は金属結合、塩はイオン結合にあたる、というのです。金属結合というのは、金属元素同士の結合で、同一元素の場合は単体ということになるので、水銀は確かに金属結合です。またイオン結合というのは、金属元素と非金属元素の結合ですので、塩の代表として塩化ナトリウムを考えれば、金属元素(ナトリウム)+非金属元素(塩素)というわけです。硫黄の場合は、硫黄自体は非金属元素で、金属元素とも非金属元素とも結合します。ただ、水銀と塩と並べた場合に、非金属元素同士の結合である共有結合の代表としてもいいかもしれません。古代の四大元素の場合もそうでしたが、主に感覚的にとらえられたもののようにみえる近代科学以前の知識や概念も、それなりの根拠があったと言えるのではないでしょうか。

参考文献:
『新英和大辞典』(研究社)
『哲学・思想辞典』(岩波書店)
桜井弘編『元素111の新知識 第2版』(講談社ブルーバックス)
セルジュ・ユタン『錬金術』(白水社、文庫クセジュ)