第5回:錬金術と医学

錬金術の基本文献の1つに「ヘルメス文書」というものがありますが、これはヘルメス・トリスメギストスという古代エジプトの神の教えを伝えるものとされています。

この神は、エジプトの知恵をつかさどる神トートと、ギリシャ神話のヘルメスが同一視され、ヘルメス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)と称されるようになったもので、伝説上の錬金術の祖とされています。

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ギリシャ神話のヘルメスHermesというのは、最高神ゼウスの子の1人で、商業、学術、発明などをつかさどる神です。ギリシャ神話の神というのは、だいたいローマ神話の神に対応させられるのですが、ヘルメスもローマ神話のメルクリウスと同一視されます。翼が付いたサンダルを履いて空を駆け、神々の伝令・使者の役目を務めます。ケーリュケイオンまたはカドゥケウスと呼ばれる杖をもっていますが、これは頭に羽が付いており、柄には二匹のヘビが巻き付いています。このヘルメスの杖は商業の紋章として使われ、日本でも一橋大学の紋章(図)などに使われています。

ヘルメスの名に由来する英語で、人文科学で目にする言葉にhermeneutic、hermeneuticsというものがあります。前者は「解釈の」という形容詞として、後者は「解釈学」という方法論を指すものです。すでにギリシャ語で動詞hermeneuein(解釈する)や名詞hermeneutik?(解釈術)があり、これらが上記の言葉の元になっています。ヘルメスによって伝えられる神の言葉(神託)は、人間にとって簡単にはできない言葉で表現されます。そこからヘルメスという名前が、解釈を意味する言葉に用いられるようになったのでしょう。

実は自然科学の領域でもヘルメスの名は使われています。hermeticとかhermeticallyというのは、密封した状態を表す言葉ですが、これは錬金術と関係があります。錬金術では、密封した容器の中に材料(物質)を入れて、加熱するなどの操作を加えると、一定の過程を経て金、あるいは「賢者の石」(前回参照)などができると考えられていたのです。そこから、密封状態を意味するものとしてhermeticという言葉が使われるようになったとのことです。

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ギリシャ神話といえば、医学の関係では名医アスクレピオスAsklepiosがいます。太陽神アポロンの子の1人で、死後に神の一員として天にあげられ、へびつかい座になったとされています。ヘルメスの杖には二匹のヘビが巻き付いていますが、アスクレピオスは一匹のヘビが巻き付いた杖をもっており、医学・医療のシンボルとして用いられます。有名なところでは、世界保健機関(WHO)の紋章(図)があります。

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ついでですが、アスクレピオスにはヒュギエイアとパナケイアという娘がいます。ヒュギエイアHugieiaは健康の女神、パナケイアPanakeiaは治癒の女神で、それぞれ、hygiene(衛生)、panacea(万能薬)という英語として残っています。アスクレピオスの杖と同様に一匹のヘビが巻き付いた「ヒュギエイアの杯」(図)というのがあって、これは薬学のシンボルとされています。薬局のマークなどにも使われるようです。


参考文献:
『新英和大辞典』(研究社)
『哲学・思想辞典』(岩波書店)
桜井弘編『元素111の新知識 第2版』(講談社ブルーバックス)
セルジュ・ユタン『錬金術』(白水社、文庫クセジュ)